「SM」と聞いて、みなさんはどんなことを思い浮かべますか?
縄とか鞭とか蝋燭とか、何か痛そう、怖そう。
複数の人を相手にするって、よくわからない。
結局挿れたら一緒なんじゃないの?
もちろん、「SMとは何か」という問いに対し、十人十色の答えがあります。
私は「人間しか味わうことのできない喜び」であると考えています。
動物たちは、子孫を残すために交尾をします。これはもちろん、本能的な行動です。
ただし、動物にも性により快楽を享受することができることも知られています。
雄同士のアナルセックスやマスターベーションも観察されています。
(TENGA Healtycareさんのページなどもご参照ください。)
ですが、SMはそうではありません。
SMは、時に快楽とは到底結びつかない苦痛を利用します。
一般的には避けたくなるような刺激です。
でも、これが性感につながる。不思議じゃありませんか?
しかも、極僅か一握りの方だけが感じるわけではありません。
ジャンルとして確立するくらい、ある程度の割合で
SMを性感と捉えることができる人がいるということです。
つまり、苦痛をどこかで快感に変えているわけです。
その機能こそ、脳が担っています。
ちなみにですが、実は性器から快感を脳に伝える神経は
痛みを伝える神経と全く同じなんです。
つまり、実はもともと性感は痛み刺激ということになります。
(ついでに言うと痒みも痛みと一緒の神経です)
ということは、脳の機能を利用して苦痛を快感に変えているわけです。
このような脳機能を有するのは、人間だけではないでしょうか。
なので、SMは人間だけが味わえる快楽だと考えるようになりました。
しかし、誰もがそういうわけではありません。
また、苦痛を快感に変えられる方であっても、状況や相手によっては
全くその変換ができないことも多いです。
むしろ、その変換を正しく行うことができるのは
特定の相手と状況のみということが多いでしょう。
では、その特定の相手と状況とはどういうことか?
それが、SMというものを考える上の大前提になると考えます。
もうお分かりだとは思いますが、その前提こそ
「心を繋ぐ」ことと考えています。
心の繋がり、絆、信頼を以て、普通は快感にならない刺激を快感に変える。
これがSMの本懐であり、魅力であると考えています。
と、ここまでの話は多くの方が語るところ。
ここで留まるわけにはいかないと考えて立ち上げたのがこのサイトです。
そう、もう一つ、知っておかなくてはならないことがあります。
それは、自分の性癖と性格です。孫氏の兵法書 謀攻 六 にある通り、
『知彼知己、百戰不殆。不知彼而知己、一勝一負。不知彼不知己、毎戰必殆。』
(敵を知り己を知れば、どんな戦いにも勝てる。己だけ知っていたら五分五分。
もしどちらも知らなければ、全敗必至である)ということになります。
つまり、自分がどんな性格で、どんな長所と短所があって、
どんな性癖があって、どんなNGがあるのか
これを理解するだけでなく、人に説明できる(=明文化できる)ことが
非常に重要となります。
長くなりましたので、この辺でいったん休憩としましょう。
また次の投稿をお楽しみに★